1979年8月12日の撮影です。撮影には現場の方の了解を得て運転室内などに入らせて頂いています。

小田急時代に中間になっていた方向幕箱が出っ張ったままの方の運転室かと思いますが?
秩父鉄道は確か小田急のこの車が入ったのを契機に小田急と同じ周波数のアナログ列車無線を導入したはずです。運転室内の配色などは小田急時代のままのようです。

分割放送装置や放送機器、扉SW、鎖錠SWなどがそのまま残されていました。富士急に行ったABFM車も鎖錠SWは残されていましたね。

この画像があるということは、貫通扉が改造された運転室でしょうか。列車無線が外されたという感じが見られないのですが、その部分が定かではありません。

ひどい画像ですが、秩父に行ったあとの車内の様子ということで掲載します。
このように小田急時代の雰囲気を強く残した状態で頑張っていました。