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小田急と江ノ電の記録鉄のブログ

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2両の活躍もあった小田急1800形

かつて若かりし日の鉄友が1800形2両の「配送」があるんだと言っているのを聞いて、まさかと思って行ったら2両でやってきました。そして、ABF車が晩年に方向幕に「回送」を入れたように、「配送」の方向幕を出した1800形がやってきました。
幼少の頃に乗った江ノ島線の1800形2両の再来に見えました。
なぜか反対側を撮影していないのが残念なのですが、多分1973年頃の撮影と思うので新宿方は自動の方向幕になって貫通扉も窓が縦長になっていたかもしれません。余計にそこが見たくなります。

1973-01.jpg

2両でチョコチョコとやってくる1800形が何だか可愛いです。

1973-05.jpg

「配送」にはABFM系列や旧旧4000形3両なども使用されたようですが、私の持分はこれだけです。撮影は小田急藤沢駅でした。

コメント

小田急指令掛川さまおはようございます。

この写真の2連の1800ですが、向こう側のデハ1807の貫通ドアがどうなっていたか、列車無線無しで配送なので運用したのか、が疑問点ですよね。
ネットの情報だけでとりあえず調べたのですが、一応貫通ドアの大窓化は1974年の2月以降のようです。画像ではパンタがPS13改ですので、旧パンタで貫通ドア大窓の時代が存在したのかですが、わずかな間ではあるものの存在したようです(余談ですがPT42パンタを秩父で使用していた時期もわずかにありますね)。
それで列車無線の使用開始は1974年4月16日だそうです。
画像の撮影が1973年であるのが間違い無いとすると、列車無線は使用開始していない(アンテナと装置の取付そのものは1973年かららしい)ので、まだ2連での運転に問題は無い時期ですね。
時期としては向こう側のデハ1807の貫通ドアもクハと同様で、まだ交換されていないようにも思われますが、貫通ドア交換と行先幕自動化、列車無線取り付けが同時だったかがなお残る疑問点になりますし、デハ1807へのそれら小改造が、1973年中に行われていれば、ドアそのものは新しくなっていた可能性もありえますね。
結局、明確にはわかりませんでした…。1970年代って、私ら世代だと割と最近のように思えるのですが、実際記憶や記録があやふやなものですね(苦笑)。

  • 2023/10/27(金) 07:12:51 |
  • URL |
  • すぎたま #y807OcCo
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Re: タイトルなし

すぎたま様、こんばんは。

2連の1800形?ということでびっくりでしたが、結構古い投稿からだったのですね。返信遅れて申し訳ありませんでした。

昨日は、某所の元小田急1801と1851の僚友再会お披露目会に参加してました。後日その画像もアップします。

今回のものについては、なぜ新宿方を撮っていないのか自分に腹が立ったのですが、もう今更のどうにもならないですね。
配送に2連の1800形が使われたというだけで興奮していたのかもしれません。

貫通扉の件や列車無線の件まで調査頂いてありがとうございました。自分でも少し調べてみたいと思います。

  • 2023/10/30(月) 20:55:38 |
  • URL |
  • 小田急指令掛川 #-
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