こんな展示が豪華にされた時期がありました。しかし、小田急鉄にとってはファミリーはちょっと。。。

豪華な並びですね。もう屋外でこの並びを見ることはありません。そして、2202はもういません。

N6は化粧直しされて綺麗になってのお披露目でした。

9000も同様に綺麗になってお披露目されたんですが、ジャングルジムと勘違いするお子さんには、「折角綺麗にした電車だから登ったりしないでね」と一言。。。
大阪環状線から201系が引退したとのこと。当日、大阪出張があったのですが、キャンセルになってしまい残念でした。

2014.10.29撮影

2014.10.29撮影

2014.12.-3撮影
今日は京急の800形が引退前の特別運転を行って沿線は賑わったようです。
普通の姿の800形でお疲れ様を。。。

2014.-9.21撮影

2014.-9.21撮影

2009.-5.24撮影

2009.-5.24撮影
1971.-9.19と2019.-6.-7の比較です。先日、小田原から新幹線に乗る際に、そういえば昔此処から撮ったことあったなと思い出して、今昔が出来るぞと行ってみたものの、高いフェンスがあって金網も張られ、普通のカメラでは撮影出来ずスマホで撮りました。

これは、2019.-6.-7に撮影したものです。EXEと8000形のすれ違いです。

そして48年前の1971.-9.19の撮影です。こんな貨物が定期で走っていたのですね。この当時は当たり前過ぎて気にも留めずでした。残念なことしました。
2007年の小田急ファミリー鉄道展は、今年のGSEとSEの並び以上のインパクトのあるものでした。この時の入場整理のやり方や車輌からの見学位置の確保などが素晴らしかったのに、その後はファミリー色が一層強くなって車両のすぐ近くまで寄れたり警備担当が車両脇に立つようになって小田急鉄には辛いものとなってしまいました。

2007年10月20日の初日は、LSEの表示が「あしがら」でした。欲を言えばNSEは「さよなら~」を外して他の表示へ、また折角パンタを上げて通電しているMSEは特別な表示があったなら良かったのになぁとこの画像を見て思い返してしまいました。

2007年10月21日は、LSEの表示が「ニューイヤー」になりました。粋な計らいだったかと思います。
小田急の鉄道博物館が海老名駅の脇に完成しても、毎年の海老名車両基地の一般公開は続けて欲しいなと思っています。
昭和53年というと1978年です。41年近く前になります。この頃は旧型国電が淘汰されて国鉄大船工場へ解体のために輸送される列車が時々ありました。そんな情報をどこからか聞きつけて沿線に立っていたのだと思います。
この撮影場所は、今では線路脇に高いフェンスもありますので、こんな形の撮影は出来ませんし、今なら電車が止まってしまいます。

3両の自力回送です。

角張った感じが良いですね。

どれ一つ見ても、どこかが違っていて奥深かったのですが、詳細の記録がなくて車型は不明です。

ひどい画像ですがご勘弁ください。こんな列車も走っていたのですね。
昔の小田急線のNSE車内からの画像ですけど。。。
最初の画像の駅名が分かりません。次は海老名みたいです。車内のロマギャルは地味ですね。この頃から「走る喫茶室」だったのかな?


何でもない風景っていうのは、後から見て撮っておいて良かったなとつくづく思います。
