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小田急と江ノ電の記録鉄のブログ

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2012.-7.30(月)江ノ電竜口寺前にて

7/28(土)02:00から7/29(日)24:30にかけて、ある鉄活動を行いまして残念ながらTXの甲種には行けませんでした。昨晩の帰宅が遅く、藤沢宿泊となり昼過ぎに帰り掛けの恒例の江ノ電撮影をしてきました。久々に生江ノ電で嬉しかったです。平日でしたが数名の撮影者がいました。
 

 
最初の登場と同じく汚れてきたサンライン号です。新しくこの位置に道路標識が設置されてしまい、影が出るようになってしまいました。
 

 
嵐電号はお顔の色が若干変わってイメージチェンジしました。
 

 
えのんくん号と嵐電号の併結はなかなか豪華です。この編成ですと藤沢行きでないとミュージックホーンは聴けません。
 

 
武家の古都鎌倉号ってのも走っていました。シールじゃない所がいいですね。
 
やはり江ノ電は時々来ないと何をやっているやら分からないので定期的な訪問が欠かせないと思いました。しかし、今度の夏休みは撮りたいものが沢山あるし。。。困ったものです。
 
 

消えた小田急5000形4連全編成をUPしよう!第13回

今回は5062*4です。
 
この場所は、なかなか良い所でした。
 

 
5000と5000の顔合わせ、当たり前だった光景も過去のものになりました。
 

 
世田谷代田駅。
 

 
あまり馴染みの無かった緑色の準急表示。
今週末は、ちょっと出掛けるので新しい記事の追加はありません。月曜日に何かをアップします。
 
 

1970年の相鉄大塚本町付近

この当時の車庫名は忘れましたが、かしわ台基地ではありません。大塚本町という駅があったのです。そこからテクテク歩きました。大した距離じゃありませんが。今もその名残が大和寄りにありますね。そして準大手私鉄なんて言われていましたっけ。
 
1970年なんてもの・・・42年前を出すと皆さん引いてしまいそうですが私の相鉄のベースイメージはこれです。画像がガタガタなのはご勘弁ください。
 

 
まだ種別幕がないので全て急行は〇急運板を付けていた筈です。
 

 
6000形も扉の開閉でやたらとゴロゴロとレールから音が出ていて印象的でした。酔っ払いのおじさんに当時車内で絡まれてジュースをもらったことがありました。栓抜きがなくてそのオジサンは歯で蓋を取ってくれました(笑)。飲んだかどうか覚えが無い。。。
 

 
ボディマウントのなんとも言えない優雅な車体とこの前面の金太郎塗り分け。好きな車輌でした。
 

 
左奥の新6000形が登場し始めた頃でしょうか?模型の好きな友人はこの塗装は難しくて塗るのが嫌だと言ってました。
 
そして、此処に良く来て頂く経堂工場様がアップされている今の相鉄の状況を見ると、42年ってやはりすっかり変わってしまうもんだなと思った次第です。次の42年後は・・・。

喫茶飛行場

新幹線なるほど発見デーには、昨年行っていないのでその前はどうかと調べていたら、201.-7.25にJR東海浜松工場帰りに面白い所に寄っていました。
 
喫茶飛行場
浜松市西区入野町4702-16、050-1111-5679
11:00~23:00、水休(祝祭日の場合 変更あり)
 
です。
 
まだやっているかと思いますが、詳細はググって頂いて確認の上訪問をお願い致します。
 

 

 
道路から入るまでは、特に驚くことなし・・・しかし!!
 

 
えーっ!なんじゃ?
 

 
実際に目の前に転がっているスクラップ(失礼)には圧倒されます。こんな電車廃車体喫茶ってなんでないのかなあ?
 

 
なかなか楽しい所でした。

2012.-7.21(土)新幹線なるほど発見デー

JR東海浜松工場にて毎年恒例の『新幹線なるほど発見デー』があり、行って来ました。
 
既に名古屋にリニア・鉄道館が完成してしまい浜松工場で公開してきた車輌の大半があちらに移動してしまったために、予想通りの少し寂しいイベントとなりました。
 
それでも前から楽しみにしていたお子さん連れのご家族の方々が沢山詰め掛けていました。明日も開催されていますが、浜松駅からは無料シャトルバス以外に路線バス利用の手段もありますので状況に応じて使い分けると良いかと思います。自家用車での近辺の駐車場はありませんのでご注意ください。
 

 
子供用の制服を着て記念撮影用の700系先頭車。
 

 
ドクターイエローは、T4編成でした。天気が曇りだったので、丁度良い具合に1両ずつの写真を撮影することが出来ました。
 

ここでも700系の前で記念撮影です。何となく意味ありげなセッティング?大きなお友達用の制服や制帽はありませんのでwww。
 

 
このようなコーナーもありました。係りの人が撮影してくれます。

消えた小田急5000形4連全編成をUPしよう!第12回

今回は、5061*4です。
 

最初は昭和47年初めの9000形の試運転電車と並ぶ5061*4です。片瀬江ノ島駅にて撮影。
 

 
変貌し続ける世田谷代田駅ですが、車掌さん女性?の最初の頃の制服でしょうか?
 

 
町田でのオールペンキ編成。今では8000形10両しかないですねぇ。
 
ということで、このシリーズはまだまだ続きますので宜しくお願いします。

小田急の相武台前表示方向幕

小田急の相武台前行きというのは、コレくらいしか撮っていません。ABFMもレアですけど、9000の仕事始めの日の昭和47年3月15日の相武台前行きは更にレアかもです。
 

何故百合ヶ丘駅に居たのか?
 

 
出たばかりの9000形は、電気連結器もないですね。スカートがテカテカです。
 
・・・それにしても、昔の小田急ばかりで。。。
 
今週末は、新幹線なるほど発見デーリポートが出来るかも?N700Aに会いたいです。

経堂検車区脇の1406

昔昔経堂駅の脇には経堂工場から役目が変わった経堂検車区がありました。それも今は無く、経堂のランドマークだった経堂アパートも無くなってしまっています。
 
その経堂検車区の片隅の教習所の脇にこの1406が教習車として置かれていました。かつての小田急線で大活躍したHB車です。この車輌、この色になっていましたがこの塗装で走ったことは無く、最後までチョコレート色でした。ですからこの塗装になっていることに見つけた時から違和感を覚えていて、本当はチョコレート色に戻して欲しかったです。
 
残念ながら海老名に移動した後に解体されてしまいました。車内がどんな形で残っていたのか、興味がありましたが自分では撮れず終いで、ある方がネットに投稿されていた画像を拝見したところ、教習用に色々と説明版の付いた機器やら勉強用の道具などがありました。
 
どちらかというと、モハ1よりも子供時代に乗車体験のあるこの車を残して欲しかったです。まあ、趣味人の勝手なわがまま意見です。
 

 
方向幕は何度か取り替えられていたようです。この写真では綺麗ですが、前は切れていました。
 

 
一灯のライトや吊り下げ式の尾灯(兼通過表示灯)、大きな渡り板、連結器回りなど、どれもがいい感じです。
 

 
一段式の下降窓にはブラインドが内側にありました。社紋も付いてました。
 
岳南鉄道で廃車体として残っていた物も解体されてしまい、どこかにHB車残っていないのか気になります。

第二次フラワートレイン その2

ちょっとF・Tが出て来たのでアップします。今日は、仕事でした。蒸し暑かったですねぇ。
 
駅撮りばかりで情けないです。
 

 
この塗装は、結構小田急顔に似合ってると思います。
 

 
側面は真横からもっと近づいて撮るべきでした。
 

 
子供が沢山騒いでますが、29年前ですから今はいいオジサンですね。
 
今度のどら電も人気が出そうです。今回は様々な場所で撮りたいと考えています。夏休みが丁度良いかな?

小田急1300形の鉄コレ登場!

模型化に関する最新情報は、トレインズショップの案内をご覧ください。
 
小田急1300形というと晩年は新聞・荷物・配送という看板を掲げて縁の下の力持ち的な存在でしたが、私の知る昔の江ノ島線に来る1300形は、HB車3連にちょこんと付いた乗車出来る車輌でした。
 
この電車だけが銀色の窓枠でしかも両開き扉で一度乗りたいなあという気にさせるものでした。結局一度も乗ったことは無かったと思います。
 
生まれの地が東急池上線沿線でしたので、当時の目蒲線に入る車輌から順次窓枠がアルミサッシ化されていくのを見て新しい電車だと勘違いしてました。藤沢に引っ越してから小田急のなんとボロなこと!と嘆いていたのですが、1300形を見て”ヤッタ!”と思ったわけです。
 
ですからアルミサッシが塗装されていた2300形はボロの分類でした。。。
 

 
この写真の姿はABFのライトケースを移植されて台車も2100形のFSに交換されているものです。
 

 
運転台機器は簡素なものでした。
 

 
車内は椅子が取り払われて一部床下機器が車内にありました。運転室は片隅運転台で仕切りのポールは取り払われてありません。この1300形の方向幕箱にはお宝が入ってましたが、廃車の時に廃棄されてしまったのでしょうか。残念です。左側の窓にあるのは駅別に分けるレターケースのようなものでした。
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