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小田急と江ノ電の記録鉄のブログ

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初代小田急5000形を振り返る(4)

今日は5054Fです。

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1970年の撮影と思います。成城学園前駅です。5054Fの後ろは2200形4連でした。

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相模大野工場で遊ばせて頂いたt時のものです。結構古いままで自動化までこの幕が残っていました。

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大和も新駅になってからはよく撮影するようになりました。


さて、このあとの新5000形第5編成は何時になるのでしょう。
未だに今年の小田急撮影が出来ていないという異常事態なのですけど、新5000形どころじゃありませんね。

初代小田急5000形を振り返る(3)

今日は5053Fです。ブランドマーク画像も出てきました。

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湘南急行の文字が大きくて良いですよね。

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窓枠黒い時代の復活塗装のLSEとの離合です。

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5000形同士の並びです。

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このLSEの塗装も悪くはありませんでしたが、やはり小田急ロマンスカーといえば・・・が似合ってました。

初代小田急5000形を振り返る(2)

今日は5052Fです。やはりこの編成までブランドマークの画像がありません。

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この場所が好きなのですが、地主さんに了承を得て通らなければならない所があって、撮影は難しいようです。この時はたまたま地主さんがいて了承を頂きました。

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梅ヶ丘ですが、まだポイントが新宿方にあった時代です。

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足柄駅です。5152が顔を出すことは晩年ではあまり無かったのではないでしょうか。

初代小田急5000形を振り返る(1)

本当の小田急初代5000番台は、御殿場線乗り入れ用のキハ5000とキハ5100になりますが、流石にその時代を経験している人は今の小田急ファンでは少数派かと思うので、初代を電車の5000形として扱いたいと思います。

5000形の第一次車は1969年(昭和44年)10月7日入籍の5051Fからとなります。除籍は2007年5月25日となっていて、調べてみると小田急ブランドマークの展開が2008年3月15日のダイヤ改正を機に始まるとありましたので、そうなるとそれ以前に淘汰された5051Fと5052Fはブランドマークを付けることなく消えていった5000形ということになります。正解でしょうか?
第一次車は5054Fまでです。

今回は5051Fです。以前もYahooブログ時代に5000形4連の特集はしましたが、新5000形が4編成登場していますので、とりあえず4Fまでやっていきます。

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これは初めて5000形を撮影した時のものです。1969年か1970年始めの頃かと思います。本鵠沼-鵠沼海岸間です。

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床下全面カバー取り付けの3000形との10連です。

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湘南急行に充当された時のものです。

冷房改造とスカート設置は1次、2次車共に1972年までに順次行われたようです。

4編成目まで続けます。

富士急に行った小田急のABF車(8)・・・クハ1964

続いてクハ1964です。これの助手席にワイパーが付いていてちょっとしたアクセントになっていました。

◆1964-1



◆1964-2




◆1964-3



◆1964-5

富士急に輸送される準備の整った1914です。


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