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小田急と江ノ電の記録鉄のブログ

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小田急のEL、入換え車両(7)デト1

工場見学をさせて頂くと、時々この車両が居て撮影することが出来ました。
昭和28年(1953年)経堂工場製の工場入れ換え電動貨車でモニ1形の廃車体を利用して製造されたとのこと。昭和37年に経堂工場から大野工場に移動しました。廃車年月日は不明です。

デト1-01

昭和59年頃の撮影と思われます。ウェイトの車軸が無造作に載っています。それぞれの固定はされていますが、塗装まではされていません。

デト1-02

友人からもらった画像ですが、使用停止間際のものと思われます。ウェイトの本数が増えてしっかり固定され、塗装も綺麗にされています。モニ1からの改造ということを考えると随分と長く小田急に存在した車両と言えるかもしれません。

小田急のEL、入換え車両(6)デキ1050形EB1051

1951年6月に日立製作所で造られ、日本専売公社の私有入れ替え機101号として活躍後に1959年小田急へ譲渡。相武台工場から1962年に大野工場に移動して2002年に廃車になったようです。
この車両、現役時は何処に居るか分からずなかなか撮影出来ませんでしたが、晩年は工場の片隅に置かれて電車からもよく見えました。

2002-01.jpg

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大野工場時代の撮影と思われますが、撮影日不詳です。

1982年6月1日小田急『あゆ電』の日(2)

昨日の『あゆ電』の続きですが、1982年(昭和57年)の撮影です。
箱根湯本駅には01:07に車で到着しました。ホームは真っ暗でしたが、01:45にホームに入れました。そして02:00に2558~がHM付けて到着しました。
降車したのは、一般客2名、釣り客1名、酔っぱらいの寝過ごしが2名だけでした。車掌氏によると新宿では釣り客が60名位居たそうで、経堂では乗車率が230%で激混みだったとか。
最後に撮影していたのが富水駅で子供が1名とのこと。その子がこの時点で10歳だとしたら今は48歳ですね(笑)。
最後に一旦回送にした幕をリクエストに応えて頂いて、急行・新宿で出発してくれました。車掌さんお元気にされているでしょうか。

19820601-1.jpg

箱根湯本に到着した臨時のあゆ電です。結構雨が降っていたようです。

19820601-2.jpg

到着後直ぐに乗り過ごしのお客さん(酔っ払いさん)などを確認して回送の支度に掛かります。

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なんとこの表示で箱上湯本を出発して頂けました。とても良い思い出となり大満足して明け方に帰宅しました。

小田急の6月1日と言えば、コレ!『あゆ電』

あゆ電・・・なかなか撮影に行けない列車でした。
新宿ではこれのみで暫く経過して箱根湯本まで撮影に行きましたが、箱根湯本で降車したのは数名で、ほとんどが酔っぱらいの乗り過ごしという惨状でした。

あゆ電

撮影日が不明です。箱根湯本で撮影した時は『第一』が消えてました。HE車なところが『あゆ電』らしいと思います。

2020.-5.31(日) 5087レはEF65-2068

本日の表題の列車です。

20200531-01 5087レ 65-2068

この塗装機が来ると嬉しくなります。

20200531-02 5087レ 65-2068

撮影は東海道線掛川-愛野間です。
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